たばこを吸い始めたのは、高校三年生の正月からだった。
確かクラスにちょっと意気がった友人が5人程居て、受験の補習授業の後で、いたずらに吸ったのが最初だった。
放課後で五人だけで自分の行きたい大学の、合格可能性でも話しているときだった、一人がポケットからハイライトを取出し、かっこよく鼻と口から煙をプーと吐き出した。そこでみんな、おれも、おれもともらい煙草をして、一口吸い、むせながらも全員腰がくだけて、イスに座り込んでしまった。
それ以後、補習授業の後の放課後の教室は、喫煙室になってしまった。
煙草をくゆらせながら、受験の話、女の子の話などをしていると、自分が少し大人に近付いた気分になれた。
その当時は、暖房は石炭ストーブを使っていたので、教室はいい加減くすぶったにおいがしていたので、たばこのにおいが残り先生に見つかることを心配する必要はなかったし、吸い殻はストーブに放りこんでおけば安全だった。
以後、二十年以上喫煙を続け、一日の喫煙本数が二十本、三十本と増え、いつのまにかハイライト二箱が、セブンスター二箱に、そしてマイルドセブン二箱が標準となった。ブリンクマン指数(一日喫煙本数X喫煙継続年数)でいえば、危険とされる四OOを軽く上回る六OO以上になった。
その後三年間は禁煙を続けたが、やはり「ある日」仕事のストレスが目一杯たまって、飲みに行き、二、三本吸ったのが始まりで、また喫煙の習慣がもどってしまった。
しかし、再度禁煙をはじめてみるとこれが以外に簡単で、一週間ほどは「ハチマキを外したばかり」のような感覚が頭に残るが、それを過ぎると楽になる。
この「禁煙は簡単」という意識があるものだから、今や、禁煙と喫煙の繰り返しとなってしまった。
これは、やっぱり喫煙と言うのだろう、と思う。

わが町の幕張新都心遠景。手前(東側)には日本庭園と
広大な広場があり、子供だけでなく大人のスポーツ広場
となっている。太陽エネルギー車のレースなども行われる。
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