政治、経済にはあまり興味も縁もないけれど、最近の企業再生のための政策を見ていると、「一体何がやりたいんだ?!」と言いたくなります。
「秋風が吹くと桶屋が儲かる」ではなくて、「企業が瀕死になると国民が損をする」。
倒産寸前の企業を復活させるために、銀行が借金棒引きにしたら、政府がそれを負担する。そのお金は国民の税金だという。しかも、そこまでした企業が最終的に倒産して、それまでの施策は水の泡。税金はドブ川に流れて行くのです。
ですから、私としては二つほど言いたいことがあります。
まず、助かるかどうかをちゃんと見立ててから、企業なり銀行なりを援助すべし。
最近は病人だって助からないと分かったら自ら先進医療を断る時代です。(本当は病気の人には1秒でも長く生きて頂きたいのですが)
企業の財務状態も正確に見られなくて何が銀行だ、と言いたくなります。
だから、「もう無理」と判断したら、税金から余計な出費を繰り返さないで、もっと全体的な経済活性化のために、生きた使い方をしてほしい。
もう一つは、例えば自分の会社が瀕死だったとして、融資なり、借金棒引きを期待している場合、わたしも凡人ですから、「何とか倒産しない方策を・・・・」と期待します。(客観と主観ですぐ意見が変わるのです!)
その場合、企業はすぐリストラをします。銀行や政府に対して、「努力しているゾ」というポーズが必要なのはわかりますが、社員の首切りでお茶を濁すのではなく、社員を半分にする代わりに、一人も解雇しないで、給料を半額にすれば良いのです。
雑巾の使い捨てのように散々使いつぶした中・高年社員を「用済み」とばかりに首切りするのではなく、全社員が一丸となって苦境を乗り越える努力をすべきでしょう。
そうやって乗り越えてこそ、再起を果たした暁に連帯感というものが生まれるのです。
戦後の復興を果たし、一時は外国から手本とされた、日本流の経営を、それほど簡単にすてて良いものでしょうか?
そもそも日本経済がこれほど脆弱になったのも、もとはといえば欧州流のビジネスを考えもなく導入したことに端を発しているのではないかと思います。
国によって国民の性格は異なっていることを忘れてはいけません。
さあ、また昔のように「日本人」らしい忍耐力と発想で、この悪環境を乗り越えようではありませんか。
(ちょっとイイカッコし過ぎですね!)
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