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先日(2月14日)の新聞の夕刊に載った記事が興味を惹きました。
ある外郭団体が不正アクセスの件で、取引業者をしばらく指名停止にした、という記事でした。
先ず、私はこの双方のいずれに対しても、恩も恨みも無いと言うことを記しておきます。
外郭団体を仮にA団体、2業者をB社、C社としておきましょう。
BCはAのプロジェクトを共同で請け負っていました。Aは両者に各々専用のパスワードを給付していたのですが、Bの担当者がCのパスワードを類推してアクセスしたところ成功したので、その旨Aに連絡したところ、罰としてAはBの指名しばらく外すことにしたと言うことでした。
私が疑問を持ったのは、Bの担当のしたことは本当に間違ったことだったのか、という点です。
場合に分けて考えてみたいと思います。

まず、Bの担当が悪意でやった場合。何とかしてCのコンピュータに侵入して、データを読みたいと思って、いろいろ手を尽くして試みたところ、偶然アクセスに成功し、各種データを取りだしたり、破壊したとすれば、これは立派なコンピュータ犯罪であり、ハッカー(本当はクラッカーと言うようですが)行為です。Aは指名から外すだけではなく、警察に連絡すべきです。

つぎに、Bの担当者が渡されたパスワードがあまりに稚拙で、Cのパスワードも容易に類推できるものだった場合。たとえば123BだったとしたらCのパスワードも123Cか456C辺りと見当をつけられる筈です。これほどではなくてもその道の専門家からみればすぐに推測できる程度だったとすれば、Bは遊び心からでも、アクセスを試みるかも知れません。

最後は、実はBの担当が善意から試みた場合です。
自分に渡されたパスワードがあまりにありふれたもので、Cのパスワードが容易に類推でき、アクセスを試みるとあっけなく成功した。Bの担当者としては、黙って放っておいても良かったのですが、本当に悪意のクラッカーが侵入する恐れがあるので、Aにその旨を連絡したのかも知れません。

私は最後の場合が一番可能性が高いと思うのです。
最初の例であれば、Bの担当者は自分がアクセスしたとは誰にも言わないでしょう。
二番目の例の場合も、「ああ、つながった」と自己満足でおわりです。
最後の例だけが、担当者としては一番善意であり、にも拘らず、一番損な役割を果たしたことになります。本当に悪意のクラッカーが侵入して大事件が起こるのを防ぐために知らせたのだから、お礼を言われることはあっても、まさか自社が取引停止になるとは思わなかったことでしょう。
おそらくこの担当者は、今後は、例えば火災の第一発見者になっても、ただ足早にその場から遠ざかることでしょう。放火犯と間違えられたら割りに合いませんから。
以上は全て仮定の話ですから、いずれが正解かはわかりません。実は見当外れな意見かも知れません。しかし、これに類する例は巷でもよくあることです。善意でやったことには善意が返る世の中であって欲しいものです。



追記:5月末日

最近の新聞で、前記のBの担当者が逮捕されたことを知りました。
彼は、知り得たアクセス方法をメールで数十人の人に知らせ、またC社の機密情報をダウンロードしていたとのことです。
ここまでやってしまった人に同情するわけにはいきません。まさにハッカー、あるいはクラッカーそのものの犯罪行為です。
私は、人は善意である、と思っていましたので、判断が甘かったようです。反省しています。

今回の私の判断の底流には、実は個人的な体験があったのです。

具体的にJRや地下鉄の駅名を出すと、ただの愚痴になりますので、それは避けたいと思いますが、或る日、某駅のトイレで財布を拾ったことがあります。それを駅の事務室に届けた時、駅員二人から「取り調べ」を受けたのです。
普通、遺失物を届ければ状況説明はしなければならないでしょうが、駅員の口調は容疑者を扱うに等しいものでした。それが一人なら、その駅員の性格だということで済ませますが、天下の公共輸送機関の社員が二人揃って馬鹿とは思えませんので、社員教育で「遺失物を届けに来た人は泥棒と思え」とでも訓示しているのでしょう。
幸い「取り調べ」最中に、持ち主が「財布を落した」と駆け込んで来たので、しかも財布に有る金額と本人の申告額が一致したので、私は解放されました。

駅員から謝罪の言葉も、本来あるべき「感謝の言葉」もありませんでした。
その時思ったのです、もし私より先に誰かが拾って、中のお金を抜いて捨てたものを、そうと知らずに届けたら、救われなかっただろう、と。
外国のトイレにはスリの被害にあって、空になった財布がよく落ちています。外国なら私も警戒して触らなかったでしょうが、日本なので「落した人は困っているだろう」と、つい善意で届けてしまったのです。
ただ、この経験以後、落とし物には一切手を触れないことにしています。ふと「困っているだろうな」とは思うのですが、容疑者扱いを受けるのはもう凝りましたので、目をつぶって通ることにしているのです。
このような経験から、親切のつもりが逆に疑われる、という被害妄想が身についてしまって、上記の判断をしてしまったのかもしれません。
ただ、先日電車の中で子供の弁当袋か上履入れのようなかわいい袋が置き忘れられているのを見つけ、つい「持ち主の子供は、小学生かな。困っているだろうな」と思い、丁度停車した駅のホームでベルを鳴らしていた駅員に「忘れ物!」といって押しつけ、ドアが閉まる直前には飛び乗っていました。まあ、子供の持ち物で「取り調べ」を受けることはないでしょうが、余計な時間を費やしたくなかったからです。
過去の経験が客観的な判断を誤らせることがある、と言うことが分かりました。

多いに反省しています。