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あれがパリの灯だ

飛行機に初めて乗ったのは今から30年ほど前、フランスへの旅だった。
羽田空港から飛び立ったアエロフロートの機体は新幹線程度の直径で120人乗り、主翼のすぐ後ろの席なので、フラップが揺れているのが見え恐ろしかったが、人工衛星を打ち上げる国だから、落ちることはないだろう、と自分に言い聞かせた。
途中モスクワに給油のために着陸したが、この時、中耳と外耳の気圧を調節する方法を知らなかったために鼓膜が破れるのではないかという痛みに襲われた。
今は鼻をつまんだままで、鼻から息を吹きだして調節しているが、その時は死ぬおもいだった。
小銃を肩に掛けた兵士が警備している空港で、最近は日本でも売られている、人形の中に人形が入ったマトリョーシカ(?)など多彩な土産品が並んだキオスクでタバコや酒を少し買い求め、トイレに向かって驚いた。
個室トイレのドアが膝の下辺りから下部がないのだ。だからずらりと並んだ個室に、こちらに向かって便器にまたがった膝下の足が丸見えなのだった。
それはそれは壮観ではありました。
再離陸してパリへ向かった。当時の「ソ連」国境を越えるとき、戦闘機が近付き暫く平行に飛んだあと、姿を消した。
乗機前に繰り返し言われたことを思いだした。「ソ連上空では決して写真を撮らないように」と。「鉄のカーテン」と「冷戦」という言葉を実感し、腋の下を冷たい汗が流れた。
パリには夜の九時頃到着した。夕闇の中に遠く灯が見えたとき、機内に歓声があがった。
リンドバーグの「翼よあれがパリの灯だ」を彷彿とさせた瞬間でした。
パリ上空に着くと、まず最初機体を右に傾けて大きく右旋回、つぎに大きく左旋回。機長のサービス精神が発揮され、乗客はきらめくばかりのパリの夜景を堪能したのでした。そして、次第に高度をさげ、無数のスポットライトが平行に走る滑走路にゆったりと着地しました。

その後、何度かパリに降りましたが、あれほどの機長サービスを受けたことはありません。

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