国民年金の保険料未払い問題で国会は大揺れです。
別項で書きましたが、「自分のことは棚上げ」にしなければ他人のことは批判できません。100%正しいことをしている人間なんてどこにもいませんから。
だから、私は他人を批判しようとしてはふとわれに返り「自分に他人を批判する資格があるのか?」と自問すると、批判の矛先が鈍るのです。
しかし、議員の先生とかマスコミのコメンテータの方々は日々批判精神で仕事をしておられますから、自省なんてものは無いのでございます。で、ある日突然、棚の上に上げた自分の正体を暴かれて、パニックになるわけです。
例えば私の罪を告白するならば、まずスピード違反。これは毎日やっております。国道を制限速度の時速50キロで走り続けることなどできるはずがありません。
どうしても60キロから、直線だと70キロ近く出ています。でもね、他の車はその私の車をすいすいと追い抜いてゆくのでございます。みんなが一斉に50キロに落とすのは、白バイかパトカーが併走するときだけです。
次の罪はキセルでございます。食うや食わずの浪人中を始め、ずいぶんとお世話になりました。これはれっきとした罪だという認識はあるのですが、「1厘事件」というのがあるくらいで、今の130円は(キセルと言ってもそのレベルです)まあ、明治か大正の1厘程度だと、自分を納得させているのです。
で、本題に戻りますと、素直に自分が迂闊だったと謝り、長の職を辞任する先生もいれば、そもそも制度が悪い、厚生(労働)省が悪いと居直る先生もいます。
景気が良ければ、その資金の運用で利益を出すことができるので、国民年金制度が悪いという議論は影が薄れてゆくのです。少子化しかり。景気がよければ、家計が豊かであれば、仕事の後で自分の時間が持てる、ゆとりのある生活ができれば、子供を3人や4人育てて、親としての苦しみと楽しみを味わうことを厭うことはないはずです。結局、景気が悪くて国にも個人にも余裕が無さ過ぎるのが根本的な原因ではないでしょうか。
議員先生もマスコミ人も、数年間年金を納めるのを忘れたのは素直に認めて、少し居直って「これから国の財政、世界の景気を回復させるべく一身を投げ打つ覚悟でございます」といって、それを実行すればよいのです。(実行しないで、一族郎党のことばかり考えるから国民がサジを投げるのです)
「お前、やってみろ」と言われても、私にはできませんが・・・・・。(自分のことは棚に上げているから、言っているだけです)
まあ、コンドラチェフの景気波動を信じて60年に一回ぐらいは好景気が到来すると思えば、子供か孫の時代には国民年金の原資が余って仕方ない時も来るということになりますか。しかし、私の40台の時にバブルがあったとすると、次は100歳の時になります。これだと曾孫の頃に次の好況の波が来る事になります。もちろんその頃私はミイラになっています。
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