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子供の頃は時間がゆったりと流れ、一日が、一年がとても長く感じられたのに、大人になると何倍もの早さで過ぎて行きます。
例えば、幼児の頃には、軒下の土の上に並んだすり鉢状のアリ地獄の巣を眺め、近くを歩いているアリを放折り込んで、もがくアリの姿を見つめていると一日が過ぎてゆく、あるいは梅雨の日に山吹の葉の裏側に貼り付いた蝸牛が目覚めて動きだすのをまって半日過ごす、なんてこともよくあったものです。(残酷にしてつまらない思い出が多いものです)
それが今では、パソコンに向かって入力したり、ひっきりなしにかかってくる電話を取っていると朝の九時から夕刻の八時ぐらいまではあっと言う間に過ぎている。
これは生活のリズムの所為か、肉体的な変化の所為か考証して見ました。
よく人間の肉体は二七才前後でピークに達し、そこからは衰退の一途だと言われています。
だから二十七才までは時間の流れが体の成長を追っかけて行くので、その差だけを時の経過として知覚し、二十七才を超えると、肉体の衰退と時の流れが逆行方向に向かうため、相乗効果で時の流れはどんどん加速するのです。
これは私の発見した新法則です。
高校時代の苦手科目、物理で「ドップラー効果」というのを習ったことがあります。
救急車のサイレンの音は、近づいてくる時は次第に音が高くなり、通り過ぎて遠ざかるときは低く間延びして聞こえる、あれです。
あの効果は、近づく救急車より前を高速で逃げれば音は高くならないし、ゆっくり逃げれば音はゆっくり高くなる。逆に、近づく方向に向かって行けば急速に音は高くなる。上りと下りの新幹線がすれ違う時の警笛の音、踏み切りの警報の音などがこれです。
人間の体は二十七才から下降線を辿るので、向きとしては時の流れに向かう方向、あるいは逃げの方向であるにしても相対的に遅くなる、ので、時間の経過スピードは加速することになる。
こうやって書いているうちに、この理論は世紀の大発見ではないかと思えてくるのです。なぜなら世界中の成人、老人が口を揃えて「年を取ると日が早く過ぎる」と言っているのに、いままでそれを論理的に説明できる理論が確立されていなかったのだから・・・・・。
ともあれ人生の半ばを過ぎると日が過ぎるのが早いと実感します。月曜日に仕事を始めて、一段落できないままに週末を迎えて嘆息することが多くなりました。こんなときは「若いころはこんなことはなかった」と、昔はもっと仕事ができたとうそぶくのも手ですが、本当はただ時間がゆっくり流れていたという物理的な理由だけが成り立つのかも知れません。
ともかく、年を取りたくなかったら、必死で時間の前を駆け出すことです。
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