トップページへ



癒し系目次へ



ちょっと真面目系ページ

イラクへの自衛隊派遣 雪祭り

(数年前の、イラクへの自衛隊派遣のころの原稿です。掲載をちょっと躊躇していましたので)

朝日新聞116日の社説をお書きになった論説委員の方は、翌17日の一面トップの陸上自衛隊イラク先遣隊派遣を報じる写真をどのような気持でご覧になったのでしょうか。

16日の社説は第一師団の団長の「イラク派遣反対の活動が過ぎて協力できる環境でなくなるなら、札幌雪まつりからの撤収も含めて検討する」との発言を批判するものであり、一方、17日の写真は自衛隊の先遣隊の家族の少女が隊員の写真を取っている写真でした。

論説の中で「イラク派遣への賛否と雪まつりには、直接の関係はない」と言っておられますが、何れにも関わっているのは同じ自衛隊なのだから「関係がない」どころか、同一の問題なのです。

日本は憲法9条で戦争放棄をうたっています。今回の自衛隊派遣も、もちろん戦うためではありません。活動の中心は人道支援ですが、先日も日本の優秀な外交官が二人殺害されるという痛ましい事件が起きた国です。いつ、どんなことが起こるか予測がつかない国への派遣ですから、本人にも家族にも相応の覚悟を必要とされています。

そのような人々に向かって反戦デモ、派遣反対デモを行なうとしたら、それは方向を間違っています。それによって「協力できる環境でなくなったら」自衛隊が雪まつりから撤収するのも止むを得ないでしょう。デモは、その派遣の司令を出した小泉首相をはじめとする方々のおられる国会議事堂および霞が関周辺で「過激」におこなうべきです。

自衛隊員は司令に従わざるを得ない立場にあるのであって、自らの意志で行動できる立場にはないのですから。

世の中には本当に言うべき相手には言わず、手近に居て反論出来ない人に当たり散らす人がいますが、矢張り、「適当」ではなく「適切」に手段と相手を選ぶことが必要です。

例えば、論説委員の方の息子さんが北海道駐屯の自衛隊員であっても同じ論説をお書きになったでしょうか?

手伝ってあげているその相手から、別件とはいえ、抗議の反対デモを受けるとすると、人の気持として「いい加減にして欲しい」と思うのは当然でしょう。また、自衛隊の方々も、人々の議論が国会周辺で行なわれている限りは、(自衛隊の「存在を問う批判」ではなく、

「派遣の可否を問う議論」として傍らに置き)地域の皆さんとの協力関係を保って頂きたいものです。

隊員の列に向かって携帯電話のカメラを向け、一心に父親の姿を追う少女。

私は、このあどけない少女の姿に二つの心を見ました。ひとつは国を代表してイラクの人達を助け、世界のリーダー国のひとつである日本の義務を果たし、名誉を守るために出発する自衛隊の一員である父親を誇りに思う気持であり、もう一つは、ただひたすらに父親の無事な帰国を祈りる家族の象徴の心です。

見て下さい、彼女の洋服は「晴れ着」ですが、靴はズックです。

本当に父親の派遣を祝っていれば、言葉を変えれば祝典であれば、きっと磨き上げた可愛い黒か赤の革靴を履いて来たでしょう。このズックは家族の「普段の」気持を表現していると思います。

家族に取っては大切な「お父さん」あるいは「パパ、おとうちゃん、あなた、おやじ」なのです。きっと普段の心での見送りだと思います。

「もし。万一」のことがあった場合、他人にとっては新聞の1記事のことであっても、その家族にとっては100パーセントの出来事なのです。とても「晴れ着」を着ての祝典ではありません。

私は「あなたのお父さんはきっと立派に任務を果たして無事に帰ってきるわ」と言って、この少女を抱きしめてあげたいと思いました。

論説委員の方はどう感じられましたでしょうか?

世界に平和が戻り、自衛隊の方々が専守防衛と災害などの援助のための訓練の場に帰って来られたら、いつの日にか札幌の雪まつりを見に行きたいと思います。

  イメージ